ハイリゲンシュタットの遺書

 偉大なる行為を成し遂げることを私は自分自身から進んで行なうべきだと考えてきた。
しかし考えてみてくれ、6年このかた治る見込みのない疾患が私を苦しめているのだ。
物の判断も出来ない医者達のために容態はかえって悪化し、症状は回復するだろう
という気休めに欺かれながら1年1年と送るうちにいまではこの状態が永続的な治る
見込みのないものだという見通しを抱かざるを得なくなったのだ。

 人との社交の愉しみを受け入れる感受性を持ち、物事に熱しやすく、感激しやすい
性質をもって生まれついているにもかかわらず私は若いうちから人々を避け、自分ひ
とりで孤独のうちに生活を送らざるをえなくなったのだ。

 耳が聞こえない悲しみを2倍にも味わわされながら自分が入っていきたい世界から
押し戻されることがどんなに辛いものであったろうか。しかも私には人々に向かって
「どうかもっと大きな声で話して下さい。私は耳が聞こえないのですから叫ぶようにしゃ
べってください」と頼むことはどうしてもできなかったのだ。

 音楽家の私にとっては他の人々よりもより一層完全でなければならない感覚であり、
かっては私がこのうえない完全さをもっていた感覚、私の専門の音楽畑の人々でも極
く僅かの人しか持っていないような完璧さで私が所有していたあの感覚を喪いつつある
ということを告白することがどうして私にとってできたであろう・・・。

 私の傍らに座っている人が遠くから聞こえてくる羊飼いの笛を聞くことができるのに私
にはなにも聞こえないという場合、それがどんなに私にとって屈辱であったであろうか。
 そのような経験を繰り返すうちに私は殆ど将来に対する希望を失ってしまい自ら命を
絶とうとするばかりのこともあった。

 そのような死から私を引き止めたのはただ芸術である。私は自分が果たすべきだと
感じている総てのことを成し遂げないうちにこの世を去ってゆくことはできないのだ。

 お前達兄弟よ、私が死んだときシュミット教授がなお顕在であればシュミット教授に私
の生前の病状報告を作ることを私の名前で依頼してくれ。そしてその病状報告にここに
書いた手紙を付け加えて発表してくれ。そうすれば少なくとも私の死んだ後、世間は私
に対する誤解を解いてくれて私との間にできる限りの和解が可能になるであろう。


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